Dr.gripなんて回すな!

 ペンスピナーのブログを時折読み返している。当時の彼らが抱いていたペン回し観とか、オフ会の記録やCV制作とかの裏話などが(もちろん消えたものも多いが)残されており、今読んでみるとなかなか面白い。ペンスピブログイベントであるアドベントカレンダーやPSメモランダムの真価は、数年経ったあとに発揮されるものなのかもしれない。

 Dr.gripスピナーであるTheCCAW氏、Ease氏の両二名は、ブログにてDr.gripを回すことのメリットやデメリットについて考察を残している(TheCCAW氏はデメリットのみ)。記事中にある二人の当時のDr.gripスピナー歴にいつのまにか僕も到達してしまっていたので、今回はこの話題について先達二人の記事を踏まえ、ここに書き記そうと思う。下記に両氏の記事のリンクを置いておく。

Dr.GRIPを回さないほうがいい5つの理由 - 備忘

だるいーず | Dr.GRIPを回すメリットとデメリット

 

目次

 

Dr.gripを回すことのメリット

 

1.Dr.gripスピナーという個性・希少性を得られる

 ふつうそれぞれのスピナーの違いというのは、環境やアングル、指の形あるいは名前そのものの影響力等等、そういったもので見分けられるけれども、Dr.gripスピナーの場合、「回しているペンが短く、また未改造である」という截然としたもう一つの違いを持てる。ペンの短さが技や軌道の見え方を、改造ペンスピナーとは一線を画したものにするので、この明白な違いはCVにおいても差し色的な役割を持ちやすい

 加えて同時代的なスタイル被りがそれほど起こらないため、なお個性・希少性を獲得しやすい*1

 

2.使い込みプレイヤーにとってこれほどうってつけのペンはない

 無論改造ペンでも「使い込み」はあるけれども、Dr.gripは一部を除き、使い込むにつれ塗装が落ちて回しやすくなる上に、ツヤのある綺麗な、見栄えの良い白ボディに変化してゆく。グリップも使い込むことで削れ、濁り、独特の貫禄が出てくるため、変化を楽しめるのもDr.gripを回し続けることの良さだ。

 

3.金銭的浪費が少ない

 Ease氏の書いていたことと被るが、Dr.grip回しは経済的コスパがよい。店頭で買えないのがネックだが、スピループスで送料込みでも800円。一本二本程度の改造ペンだけでずっと食ってゆくつもりなら話は別だが、現実にスピナーがペンにかけている費用の総額で見れば段違いに安くなる。

 余談だが、この間Kay氏がDr.gripをそのフォルムを保ったまま改造する動画【コメペン改造】Dr.GripをDr.GripでDr.Gripにします【ペン回し改造ペン】 - YouTubeを上げており、「スゲー!」と中学生ばりの感動を覚えた僕は即、近くのスーパーで材料を買いに出かけたわけだが、支払い時に完全に我に返ってしまった。改造されず、新品のままのペンたちは今も小物入れに眠っている。

 

 さて、僕が考えついたメリットはそんなところであった。次にデメリットについて書く。

Dr.gripを回すことのデメリット

 

1.映えない

 ペン回しFSの評価において、もっとも根本的な要素といえば、その一つとして「手とペンの主張のバランス」が挙げられる。背景と同系色のペンを回すのは「映えない」わけだが、それというのもペンの軌道が背景と同化し見えづらくなることで、手の動きが殊更に強調されてしまうからなのだ。hash氏のペン回しコーチング企画第二回配信でも、一番初めにペンと背景の配色についての指摘がなされている。実際、ペンの両端部分の色が背景と同化しており、本来つくれる大きさの半分くらいの円軌道になっている。円軌道が小さいので、そのぶん手の動きが意図せず強調されてしまっている(crossさんへ 勝手に評価しちゃってすみません)。

youtu.be

 この円軌道の小ささ、どこか既視感がある。……そう、これはDr.grip回しがつくる円軌道の大きさに近いのだ。

*2youtu.be

 つまり、Dr.gripの回しというのは必然的に、“円軌道が小さいゆえに手が殊更に強調されがち=映えない”回しであるわけだ。

 FSの評価におけるもっとも根本的な要素において、Dr.grip回しにはハンデがある。Dr.gripスピナーは、改造ペン使いであれば背景とペンの色合いにさえ気を遣えば容易にクリアできるような、通過点でしかない要素と一生涯付き合う羽目になる。

 

2.技術的困難性、スタイル確立への気の遠くなるような道のり

 もはや言うまでもないが、Dr.gripのそのフォルム、その短さは技術習得において強力な軛となっている。 そもそもが回しにくいので、習熟するにまず時間がかかる。いざ習熟したとて、前述の見映えの悪さが表現の幅を大いに狭めているため、今度は他Dr.gripスピナーとの差別化に苦労する。

 黎明期からすでに独自のスタイルが出来上がっていたaysh氏、Dr.gripの欠点をうまくかわし、転用しながら、表現の「型」を作り上げたのがEase氏で、その「型」とはまったく別の世界観で突き進んだのがaoneko氏やTheCCAW氏である。ほかにもCrasher氏やOver氏、Garu氏等等。……これだけの表現がDr.grip回しから生まれているのには驚くばかりだが、果たして僕以降のDr.gripスピナーに残された道があるのか、十年目である今の僕にすら全くわからない。

 

3.周りに理解されにくい

 一般スピナーのDr.grip回しへの評価には八割方「ドクグリ回しわかんないけど」という枕詞がつく*3。これはおそらく大技や両手、インフィニスト、ときにはコリアンなどほかのスタイルでもあることだとは思うが、それらに比べDr.grip回しは、他スピナーの価値観に侵襲できるくらいの確固たる個性を持つことがはるかに難しいように思える。

 一般スピナーが持ち合わせている尺度で評価できる範囲から、Dr.grip回しがあまりにもはみ出しすぎているのか、あるいは1の「映えなさ」が評価するうえであまりにも大きな壁になっているのか。どちらにせよ一般スピナーからの数多の「わからない」をぶつけられながらの、孤独な戦いを強いられる。

 

4.改造ペンとの関係が崩れる

 Ease氏、TheCCAW氏両名はデメリットとしてまず「改造ペンに対する意識の希薄化」を挙げている*4。改造をしないのでその知識や楽しみを抱くことも共有することもなくなり、結果としてペン回しの楽しみの一つを失った状態になる、というわけだ。僕は比較的改造ペンを回す方ではある(多分)が、それでも改造はここ数年していないし、動画も滅多に出さないため、総じてDr.gripスピナーと改造ペンとの距離はかなり遠いといえる。

 じゃあもうちょい距離縮めれば良いんじゃないの、と思われるかもしれないが、これについては両二名の記事で既に回答とすべきものが出ている。

ドクグラーになることであの人はDr.GRIPしか回さないというイメージ、先入観が付きます。
改造ペンを回しても他人から見て違和感が生じてしまいます。また周囲の期待がある場合は、他のペンに鞍替えすることが困難となります。
色々なペンでFSを撮影して楽しむ機会が格段に減ることになるでしょう。

 

「Dr.GRIPを回し続ける」と思い定めたとしても,生半可な決意では改造ペンの誘惑には勝てないというのが私の見解です。純粋な"回しやすさ"という大きなメリットを捨ててまでDr.GRIPを回し続ける必要性はないと私は思います。

 

 こうして両者の回答を並べてみると、元からDr.gripしか回してなかったEase氏と、途中からDr.gripスピナーになったTheCCAW氏とのペンスピナー的生い立ちの違いが浮き出てきて面白い。ちなみにaoneko氏は前者で、僕は後者だ。

 僕のそういった経歴からいえば、Dr.gripスピナーたるには、それすなわち「改造ペン縛り」をすることに他ならない*5。改造ペンはDr.gripに比べあまりにも見映えが良すぎ、回しやすすぎる。改造ペンをわりかし回す僕がそれを滅多に動画に残さないのは、はっきりいって改造ペンを回した方がよっぽど「映える」と自分で理解しており、「ドクグリよりよっぽど良いじゃん」と評されることを、恐れているからだ。完全に拗らせである。

 改造ペンに対しては無関心になるか、拗らせるかのどちらかしかなくなるのだ。どちらにせよ一般スピナーとはその関係性において全く異なっている。

 

 こんなところだろう。ほかにも細かい要素は挙げられると思うが、大体のメリット・デメリット(特に後者)は、突き詰めてゆくと上に挙げたもののうちのどれかに収まると思う。

 かれこれ僕もDr.gripを回し始めて十年目である。人は多少不満を持ちつつもそれとうまく付き合ってゆくもので、デメリットと長く付き合えば付き合うほどそれはその人のうちで発酵され、単なる短所・欠点に留まらなくなる。Ease、TheCCAW両氏の記事のデメリットの記述にも、長年それと共に生きてきたもの特有の、深みのようなものが感じられる。

ある種自虐的に,加えて潜在的ドクグラーの芽を摘むという建設的な意味合いで「Dr.GRIPを回さないほうがいい5つの理由」を記します。

 TheCCAW氏は冒頭でそう宣言し、「俺みたいにはなるな!」という教訓的な意味合いでデメリットを五つ記している。しかしこの「ある種自虐的に」という言葉の含みが、暗に、Dr.grip回しの世界を魅力的に感じさせ、その世界に読者を招待しているようも思えてくる。実際、「脈絡はない」としつつも、記事は彼自身のDr.grip回しの動画で締めくくられている。

 往々にして、不満にこそその人の感性、経験が色濃く反映され、面白味を持つものなのだ。

 TheCCAW氏がそこまで意図していたかはわからないが、ともあれ僕も次の一言をもって記事を締めくくろうと思う。

 

「Dr.gripなんて回すな!」

 

2022/08/26 1:26 追記。自慢したいので今の俺のDr.gripの写真を貼っておく。

2022/08/26 2:53 デメリット1の本文に追記。

2022/08/26 3:13 誤字修正

2022/11/08 15:29 Kay氏の動画リンクを追加

f:id:waka_violet:20220826012741j:image

*1:若手にDr.grip使いが多いため、今後どうなるかわからないところではある

*2:あえて初心者のときの動画を用いた。今もさして変わらないかもしれないが、今はまだマシにこの欠点と付き合えていると思いたい

*3:それでも評価に紙幅を割いてくれる方々には感謝しかない

*4:この点はaoneko氏もTheCCAW氏の記事のコメント欄で「同じ」だと表明している

*5:改造ペンでCV出演歴のあるCrasher氏やGaru氏等、例外はある